ASIAN KUNG-FU GENERATION の 『おかえりジョニー』を聴いて
自分が年輪を重ね、気づいたら学生時代の豊かな感受性を喪失していること、全く新しいものを初めて知った時の視点が新鮮さを伴わないものに変わっていることを否応なく突き付けられた気がした。
これはきっと大人としての様々な受容を経験した結果のある種の落ち着きでもあり、多くの人間にとって自然と迎える変化だと思う。
それでも、内面は大人になりきれず常に少年のままの心でいたいという他ならぬ僕自身の感情と、現実としてそれらのほとんどを失っているというギャップを理解したことで、MVを聴いている間のほんの短い時間だけ学生時代のような感情を取り戻すことになった。
スクールバッグを背中に背負う姿、有線イヤホンを片耳ずつ掛けて好きな音楽をシェアしながら話す時間、ガラパゴスケータイやCDプレイヤーなどの端末、公園で友人と試験勉強をする時間、学園祭の準備をする放課後、プリクラの印刷シート、1リットルの牛乳パックタイプの飲料水を教室のテーブルの上に窓から部活動を眺める時間、すべてのシーンが僕にとっては「高校時代に当たり前に過ごしていた景色」だった。
ガラケーの着うたは決まってASIAN KUNG-FU GENERATIONの曲にしていたし、友人からのメールはリライト、彼女からのメールだけはソラニンにしていた。
入浴中にリビングに置いた自分のケータイから流れるソラニンの着うたがかすかに聴こえた時は、いつもより早く入浴を済ませて足早にリビングに戻っていたのを覚えている。それを見ていた親はなんとなく青春を謳歌していることを理解していたと思う。ただ、何も言わずにいてくれた。
昼休憩中は空き教室のテーブルを寄せ集めて友人とアニメやゲームの話をしながら弁当を食べていたし、購買で売っているシュガードーナツにハマって週4くらいで食べていた気がする。
高校一年の時期だけ入部していたソフトテニス部の顧問は信じられないくらい厳しかったし、あまりに理不尽な指導に部員の大半が離反していった。
普段はものすごい剣幕だった顧問が度重なる部員の退部に憔悴していた姿を見て感情が揺れたこともあった。でも、僕にとっても辛い記憶で、退部する意志は揺らがなかった。それ以来、その教師は授業中に僕を指名することは絶対になかった。
彼女と一緒にいる時間を増やしたいためだけに、僕自身は生徒会員でもないのに生徒会員だった彼女を手伝いに行っていたこともあった。会長からは正規の生徒会員と同じように扱われていた。
日系ブラジル人だった彼女の家は、ブラジル料理に溢れていた。偏食の僕にとって海外の食べ物は悉くが試練であり、中身の読めないパステオ(ブラジルの餃子みたいなもの)は最悪だった。
少しはコミュニケーションを取れるようにしないとなと、ポルトガル語の入門書を買ったこともあった。でも、英語もまともに覚えられない僕には日常会話が出来るレベルまで続けることは到底出来なかった。今では「ジレイタ」が「右」という意味であることしか覚えていない。
当時の彼女は不機嫌になるとすぐ「別れる」というタイプだった。最初こそ悲しかったが、5回以上繰り返すとすっかり別れを切り出されることにも慣れてしまっていた。
受験勉強中にこの対応に付き合わされることに耐えられなくなって最後は僕の方から別れを切り出した。
僕の地元は愛知であり、大学卒業を期に地元を離れ、今は東京の会社に属している。住まいは埼玉だし、昨年末に新築戸建てを購入した。埼玉に永住することを決めており、地元に帰るのは年末年始や盆休みなどの決まったタイミングくらいしかない。
たまに地元に帰るたび、高校時代に通っていたゲームセンターや通学路を見て懐かしむ。通っていた高校の前なんて、当時は田んぼしかなかったのに今はそこに大きなバイパスが出来ている。当時の風景なんて見る影もないけど、それでも僕には当時の風景のように見えている。
山の上にある校舎を出て、音楽を流しながら自転車で下っていた坂道を思い出す。
僕はずっと学生時代の心のままでいると本気で思っていたけど、このMVを見た時の感情で、そうではないことに気づいてしまった。
気づいてしまったけど、束の間の学生気分を確かに追体験したことで知らない間に自分が少しは大人になっていたんだなと理解することにもなった。
ただ覚えていることと、当時の感情と同じ感覚になることの違いを理解してしまった。「おかえりジョニー」を初めて聴いたその間だけ、完全に後者の時間を過ごすことができた。
今後も車内では当時耳に穴が開くほど聴いたASIAN KUNG-FU GENERATIONの音楽を流すだろうし、子どもたちにはその度に「この曲は僕の青春なんだよ」と伝え続けると思う。
今なら僕の親が車内で「…それ、いつの曲?」と思える音楽を流していた理由がわかる気がする。僕も今、同じことをしている。