Back to Portfolio
March 30, 2026

🚀 プロジェクト・ヘイル・メアリーを観てきた

⚠️ このノートはネタバレを含むので、観ようと思っている人はブラウザバック推奨!

ロッキーとの邂逅で急に手が出てくるシーン、映画館の爆音響だったのもあってびっくりしすぎて5分くらい心臓が痛くなった。
コイツ…ッ!!!という感情で満ちるところからのスタートだったが、観ていくうちに結構可愛いやつだなと徐々に愛着に変わっていった。

きっかけ

原作はアンディ・ウィアーによる小説らしいが、原作は読んでいない。
なぜなら、僕は活字が大変苦手なのだ。でも映画が面白かったので今は原作を読んでみたいなという気持ちにちょっとだけなっている。

今回、職場の同僚で観にいく宣言をしていた人を何人か見かけたことや、インターステラーが結構好きだったので「そういう系」が観たいなという感じで観に行った。
このところ仕事という「現実」が忙しかったので、SFによって「非現実」に浸かりたかったというのもある。

観る前の情報は稚拙なもので、実のところ以下程度の情報しか知らない状態で観に行った。

  • 小説が原作らしい
  • 宇宙人の相棒と地球を救うみたいな感じらしい
  • ポリゴン数の少ないETみたいな手だけ見た
  • 地球は滅亡の危機らしい

作品について

太陽やその周辺の惑星の熱エネルギーや光量の減衰から、地球も遠からず氷河期に突入して人類が滅亡してしまう!!なんとかしたい!!!という感じのストーリー。
主人公は中学教師のグレースという男性で、元々は分子生物学の博士号を取るレベルの学者。
彼の論文に目をつけたストラットという女性から協力要請を受けることでヘイル・メアリー計画に参加することになる。

ヘイル・メアリーって人の名前なのかなとか思っていたけど「一か八か」とか「神頼み」とかそういう意味らしい。アメフトで試合終了間際にワンチャン狙ってパスすることを指すらしく、作中でもプロジェクト名を聞いたグレースが「アメフトの?」みたいな返しをしていた気がする。

プロジェクト名にそんな名称を取ってくるくらいには人類にとっては「成功確率の低い最後の賭け」に出ているというところが伺えており、存続のかかった窮地であることがわかる。

本作は、地球の存続のための宇宙の旅路で同様の問題を母星に抱える異星人との邂逅と、その相棒との協力によって各々の星を救うための物語となる。

ロッキーがかわいい

映画のキャッチコピーでは『相棒』と表記されている地球外生命体のロッキー。
僕の前情報では『ポリゴン数の少ないETみたいな手をしたやつ』だったけど、岩みたいな物質だったのでポリゴン数が少ないのはそのせいだった。

言葉は喋れないが、グレースの天才的技術力によってロッキーの発する音の波長とニュアンスを地道に関連付け、基本的な翻訳と対話能力を獲得する。
吹き替え版を見ていた僕の印象としては「協調性のない花江夏樹みたいな声の岩」だった。(みたいなというかそのものだけど)

グレースの所作を真似してダンスを踊ったり、サムズアップ👍に対して何故かサムズダウン👎をして真似をした気になっていたり、とにかく愛嬌のある岩である。

ロッキーは茶目っ気がありどちらかというと癒し枠がメインではありそうなものの、時折グレースでも思いつかない奇抜な発想や、キセノナイトというキセノン(気体)を謎の能力で固体化した物質を使って様々な道具を創造し助けてくれる。
そんな彼の創造物のひとつが3Dモデルとして配布されていた。でもあいにく僕は3Dプリンターを持っていないのでとりあえず3Dデータだけダウンロードしておいた。

いつか3Dプリンターを買ったらこいつを最初の作品にしたい。

全体的な感想

この手のSFで異星人が友好的って実は結構珍しいんじゃないか?という気がした。(そんなにSFに明るくはないけど…)
グレースからしてみると「目覚めたら記憶がなく」「クルーは自分以外全員死亡しており」「燃料が片道分しかない(地球には戻れず死ぬことが確定している)」というどうあっても孤独しかあり得ない状況に於いて、未知の生物ながらも友好的でコミュニケーションが可能な存在はどれほど嬉しいものなのかと想像してしまった。

記憶を取り戻していくうちにグレース自身は最後まで自身が船に搭乗することを拒んでいたこと、拒んだ結果昏睡状態にさせられて無理やり宇宙に飛ばされたこと、記憶がなかった原因もその処置の一環だったことなどが分かっていき、人類の存続のためとはいえ相当な仕打ちを食らっているなと思った。
ただ、無理やり宇宙に送り出したストラットとしても「グレースがヘイル・メアリー計画の最後の要」と思っていただろうし、人類の存続のために藁をも掴む想いだったことも想像できて、それぞれの立場による葛藤や決意みたいなものが細かく伝わってくるところもあって胸が締め付けられる感覚だった。

個人的に、物語の幕引きがハッピーエンドともバッドエンドとも言い切れない、観た人の解釈によってどちらとも受け取れそうなところが終わり方としてすごく綺麗だなと感じた。
地球には無事グレースが培養したサンプルは届いたけど、それによって諸問題が解決するところまでは描いていないし、グレースはサンプルがロッキーの船で漏出していることを危惧して地球には戻らずロッキーの船に向かうことを決意する。
最終的にロッキーの仲間?に授業をするところで終わるが、これはハッピーエンド…なんだろうか?笑っていたし幸せそうにも見えたけど、地球には戻っていない。
ロッキーから「戻ろうと思えば戻れるよ」みたいなことは言われていたので、戻れる手段がある上でグレースは戻らないことを決めたということなのかな。そういう意味ではハッピーエンドなのかもしれない。

原作も同じように全ては描き切らずに終わったのか、映画としてのちょうどよい切れ目で終えているだけなのかはわからない。
もし続きがあるのだとしたら、活字が苦手ではあるけど原作を買って読んでみたいなと思えてきている。


「地球(および人類)滅亡の危機」や「それを異星人と解決するシリアル&コメディー」が絶妙なバランスで成り立っている作品として強い独自性と創造性が感じられる良い作品だった。
だったのだが、2点だけずっとわからないままだったことがあって。
それは「グレース以外のクルー、なんで死んでるん?」というのと、「ロッキーはなんで地球の言語がわかるん?」というので、僕が何らかの描写を見逃しているのかもわからないけどこれらは最後まで謎だった。
前者はグレースを孤独にするための演出なのかなという気はするが、なんらか明確な理由欲しいなとちょっとだけ思った。けど、宇宙船で特定の人物だけ生き残るシチュエーションってだいぶ設定むずそうでもあるし仕方なさそうとも思う。

ロッキーが地球の言語がわかるのはずっと気になっていて、これを書いている今でもめちゃくちゃ気になっている。
グレースは音の情報からニュアンスを泥臭く学習することで翻訳のようなものを可能にできたとはいえ、そもそもこの手法自体「ロッキーが何故か地球の言語を理解できる」ことに依存している気がする。
時計の描写についてもロッキーの惑星における数字の表記はアラビア数字のそれではなかったし、それに対してロッキーが反応できる意味もよくわからなかった。

ただまぁ、そんなこと言ってたら話が進まないだろは本当にその通りなので、描写されていないところで言語学に関する膨大な試行錯誤が成された結果としての表現なのだろうとは思う。
そもそも僕自身が言語学に別に通じていないので、これは本物の素人質問というやつなのだ。

あと、吹き替え版のクレジットにホロライブのメンバーが2名ほど出ていたけど、集中し過ぎて全然わからなかった。
彼女らの声質で違和感が出ないところと言われると中学校の子役くらいしか想像できなかったので多分そこらへん…?いつか動画配信サービスとかで観れるようになったら探してみようかな。

グーパンチ!!! 👊(雑すぎる締め)